2021年04月12日

米子はいいところ

ご来訪ありがとうございます。
あなた様とのご縁を心から歓迎します。
初めまして
鳥取県米子市出身のコメ子です。
どうぞ、よろしくお願いします。

このブログは、私のふるさと、
鳥取県米子市(とっとりけんよなごし)のよさを、
日本中、世界中の人に知ってもらいたくて作ったものです。
ゲゲゲの鬼太郎の水木しげる氏の(お母さまの)故郷ということ以外では、あまり知られていない町ですが、とてもいい町です、自分で言うのもおかしいですけど。
米子医大があるので、お医者様も多く、大学の先生や芸術家や知識人も多くて、市民の常識のレベルも知的レベルも高い、上品な町です。
決して神経質ではないけれど、細やかな気配りが上手で、人の気持ちによく気がつく、そんな性格の人が多いです。
そのせいか、町の空気も、人の集まりも、おだやかです。
文化人もたくさん産んでいます。
水木しげる氏は境港市のご出身ですが、お母さまは米子市のお生まれです。
藤田嗣治とも親交のあった画家の戸田海笛なども米子の産です。
作家の五木寛之氏の社会人入学を迎えた当時の龍谷大学の文学部長は、
米子市出身の名誉教授、三村勉先生でした。
学者では、考古学の佐古和枝先生も、
あと、映画監督の岡本喜八さん、
女優の司葉子さん、
ジャズ歌手の越路吹雪さんのドラマに登場した、
女優の乙羽信子さんも
作曲家の高木東六さんも、
最近ではヒゲダンさんも、米子の産です。
クラシック音楽の方面に進む人も多く、米子出身の音楽家の卵の会があって、毎年、おおみそか近くに、発表会が米子市であります。
最近は、コロナで、連続2年くらい中止になってるみたいですが、今年はあるといいですね。
松江や安来なども含む、このあたり一帯には、まじめで誠実で勉強好きで働き者の人が多いです。
ただ、米子がほかとちがうところは、まじめで働き者であるだけでなく、商人の町だからでしょうか、米子人は、人見知りをあまりしません。
殿さまがしっかり君臨していたところは、知り合ったばかりの人に対して、どんな人かわからないうちは、いっしょにお茶を飲むのもちょっと・・というような人も、今の時代に至ってなお少なくありませんが、米子だけは、そういう中でちがうのです。
知り合ったばかりの人に対して、どんな人だかわからないけど、とりあえず、歓迎して、どんな人かということは、おつきあいしながらみきわめていこうという、米子人の人間関係は、殿様が長い間不在であったことによるものだと言われています。
そうして、昔から、異質なものも受け入れることで、人間関係も美意識も洗練されてきました。
自分で言うのもおかしいかもしれませんが、
米子人の審美眼は、筋金入りの本物です。
目に見えるものに対してだけでなく、目に見えない、人の心のようなものに対しても、
米子人は目利きです。
やみくもに頭がかたい人は少ないです。
年配の人でも、適度に流行をとりいれたセンスのよい装いをしている人が少なくありません。
腕のよい洋裁師さんも多いし、いい意味で遅れた、流行にとらわれない、自分をよく知ったおしゃれをしている人もたくさんいます。
タテの人間関係だけでなくヨコの人間関係にも慣れているという点で、人間関係のバランスがよい、日本では少数派の町です。
商都ということから山陰の大阪と呼ばれていますが、人間関係は、むしろ、神戸に似ています。
私は、昔、神戸に仕事で通っていましたが、それはそれはいいところでした。
他人に無駄な関心は持たないけど、必要なときはしっかり助け合う、知らない人にも手を差し伸べる、そんなところが、神戸と米子、よく似ていると思います。
米子も、昔から市民どうしが助け合って町が栄えてきました。
だから、人と人との関係がとてもさわやかです。
たとえば、離婚した人に、なんで離婚したのかとかしつこく問いただしたり、親しくない人に、年金はいくらもらってるのとか、へんなところからはいりこもうとするような人はほとんどいません。
なので、離婚して実家にもどってきた人も、胸をはって楽しく働いているし、学生時代の友達と喫茶店でおしゃべりしたり、カルチャースクールに通ったりして、人間らしく楽しく暮らしています。
片親になった子どもも、少年野球のチームやボーイスカウトやガールスカウトなどで友達を作って、元気に育っています。
勉強一色の生活ではなく、少年野球のような場で、人とのつきあいかたや仕事のやりかたなども、子どもたちは習得していきます。
そのような指導のできる人がいるのです。
そうして、ゆとりのある子ども時代を過ごしていても、米子の子は偏差値高いんですよ。
国立大学にも有名私大にも、たくさん進んでいます。
人生の荒波を乗り越える力を、米子の子どもたちはバランスよく身につけて育ちます。
お医者様が都会で子育てしたがるのは、高い教育を受けさせたいからですが、この町で人間らしく育てたいと、子育ての場に米子を選ばれるかたも多いです。
そのよさがあまり知られていないのは、わざわざ意識していいところだと宣伝しなくても、
米子はいい町だという定評が、近辺では昔からひろまっていて、
頼まなくても、1度住んだ人は、いいところだと言ってくれるからです。
ひとつの町が発展していくためには、そこで生まれた者が自分たちだけで、自己満足的に、いいところだ、いいところだと言っていても始まりません。
よそから来た人が、住んでみて、その町のよさを実感して、いいところだ、と、日本中に、世界中に、言いひろめてくれることが不可欠です。
昔から、そうして、よい評判が広まっていて、米子市は、特別、自己宣伝しなくたって、栄えてきたのです。
しかし、前世紀後半から、大都会への人口集中が激しくなり、移住者の奪い合いのような状況になってきました。
人をだますような大風呂敷を広げる自治体もあったりする中で、地味な米子市は、宣伝下手のせいで、
この競争の中で勝ち残っていけるのか、と、心配になってきたのが数年前のことです。
自分が生まれ育った米子市のことを、まず、日本中、世界中に知ってもらいたい、そう願って、このブログをはじめました。
東京で生まれ育った人から見れば、地方とかいなかとかは全部同じように見えるみたいだけど、実際、どの県も、どの町も、ひとつづつ個性がちがいます。
米子近辺の、安来市も、松江市も、みんなそれぞれ、米子市とは個性がちがう町です。
それぞれのよさを生かしあいながら、この地域の人々の生活がなりたっています。
私は、日本全国とまではいかないけれど、比較的、転校やひっこしが多かった人生で、自分が産まれた町のよさを痛感しました。
米子以外のところでは、何も悪いことをしてないのに、なぜ最初から仲間外れにされなきゃいけないのだろうとかいうような経験もしました。
米子にも、けんかも仲たがいもないわけではないけど、おたがいきついことを言い合っていても、
米子人のけんかにはどこかのどかな空気があります。
けんかのあとのお茶では、きらいな人にもお菓子を分けてあげるし、話もします。
徹底的にいじめるとかいうようなことはないのです。
生まれ育った米子以外のところで暮らしたことがない人は、そのよさをあまり意識していないし、それに対する感謝の思いも薄いですが、私は、そのような米子のよさを誇りに思っています。
そんな私の実感を、このブログに書いていきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いします。


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お茶の都

カジュアルな飾らない米子のイメージからすると、この町で茶道がさかんだということは、意外に思える人も多いかもしれません。
が、茶道の歴史としては、松江より米子のほうが先なんだそうです。
松江は、お殿様がかなりの趣味人で、遠州流という、庶民にはあまりなじみがないようなマイナーな流派でした。
そのせいか、ほかの流派のお茶会も、松江では、いいかげんな服装では行かれないような感じです。
松江も、いい人が多いのですが、よく知らないうちは、なかなか警戒心をといてくれないことが多いです。
そのような松江と比べると、米子では、カジュアルな感じで気軽に、みんながおうすやお濃茶をたのしみます。
近所の人と立ち話していて、月がきれいですね、お茶でもたてましょうか、と、普段着のまま、誰かの家に集まって、子どもの誕生日のケーキの残りやお客様の手土産などをみんなで分けて、時には、ぜんざいなどをささっとその場で作って、そんな感じで、
米子の人は、お抹茶だけでなく、ハーブティーも、お煎茶も、ほうじ茶も、紅茶もコーヒーも、楽しみます。
きのうひっこしてきた人もよんであげよう、と、気軽に、新参者も仲間にいれてあげます。
そんなふうにして、米子の人は、毎日、家族と、友達と、近所の人と、親せきと、職場の仲間と、知り合ったばかりの人と、時には行きずりの人とも、楽しく笑って暮らすのです。
どちらもそれぞれのよさがあって、私は、両方とも楽しめる環境で育ってよかったな、と思います。
米子は裏千家流の人が、私の知る限りでは多いです。
三村勉先生も裏千家流でした。
先生のご専門は哲学でしたが、茶道のほうにも学者としてかなりの貢献をなさったようです。
世界中にこれだけ茶道が広まったのは、裏千家の尽力によるものだということです。
米子人は、子どものときから茶道に親しむことがめずらしくありません。
私も、子どものときから、伯父や母のお点前にあずかっていました。
もっとも、ジュース大好きだった子が、お抹茶の味がわかるようになったのは中学生になってからですが、私の友達は、小学生のときから、茶道の先生であったお母さんの練習の相手をして、お抹茶を飲んでいました。
私の感じですが、米子は、茶道の男性人口が多いな、と思います。
男のかたにお抹茶をごちそうになることって、ほかではあまりないような気がします。
米子人は、ほんとうにお茶が好きです。
特に、茶道を先生について習ってなくても、家庭でおばあさんなどから習ったとか、茶道を習っている友達の練習相手をしていて自然におぼえたとかいうような人が、米子にはけっこう多いです。
お抹茶だけでなく、お煎茶を淹れるのがじょうずな人も多いです。
小さい時から、お抹茶にかぎらず、おいしいお茶を毎日飲んで育ったことは幸せだったと思ってます。
お茶のおともの和菓子も、安くておいしいものが、米子にはたくさんあります。
米子人はグルメなのです。
三村勉先生も、お料理の腕前はプロのシェフ並みだったそうです。
日本全国だけでなく、世界中のみなさま、ぜひ、米子に来て、米子のお茶とともに、米子人のハートを味わってください。

参考文献 
黒川五郎著
新しい茶道のすすめ 
ティーセラピー


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2021年04月11日

米子人の笑い

スクェアでくそまじめで、融通が利かない、そんなイメージの山陰人ですが、そんな中で、米子人だけは明るいイメージです。
お隣の島根の人などは、それが理解できなくて怒り出したりすることも少なくありません。
なんでこんなときに笑ってるんだと。
でも、そういう明るさが、米子人の生きるエネルギーなのです。
どんなつらいことがあっても、笑いに変えて乗り越えていく、それも、
米子人の生きる知恵なのです。
時として、そんな米子人の冗談は、桁外れみたいになるときがあるかもしれません。
実例がとっさに思い浮かばなくて、私もどう説明したらいいのかわからないのですが、時として、島根人とかには理解不能なところまでいきすぎてしまうことがあったりもします。
そんな部分もありますけど、でも、おおむね、米子人の笑いは、自分で言うのもなんですが、良質の笑いです。
人を傷つけておもしろがるようなブラックな笑いでもなく、欧米人から軽蔑されるようなダジャレでもなく、下品な下ネタでもない、ふんわりと暖かな笑い・・これも、実例がとっさに思い浮かばないのですが、米子人独特の暖かな笑いというのがあります。
米子のお年寄りの米子弁は、独特の感性ゆえ、とてもおもしろいです。
たとえば、「ばかばかしい。」と標準語でばっさり言うと身もふたもないけど、米子弁で、
「ほうけたやな」と言うと、やさしいでしょう。
ほんとに、まあ、米子人は、いつもいつも笑っています。
お隣の島根の人なら深刻にめげてしまうようなことも、笑ってしまうのです。
そんなところが、しばしば、誤解を招きます。
でも、それほどまでの明るさは、希少価値だと自分では思っています。



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2021年04月08日

米子のおいしいもの

ヴィーガンレストラン「日々の糧」  
野菜とくだものだけで、こんなにすてきなお料理ができるのかと、写真見て感激してしまいました。
私は1度も行ったことのないお店なんですけど、
行った知り合いはおいしかったと言ってました。
あの人がおいしいというのなら、ほんとうにおいしいのでしょう。
食べてみて感動して、自分でも作りたくなったかたは・・
松江市のかんぺの里とかいうところに、ドイツ人シェフの、ヴィーガン料理教室がありますよ。

大山乳業の牛乳はもちろん、アイスも 
私にとって、ふるさとの味といえばこれ。
牛乳が好きになったのはこのおかげです。  

リビドーの洋菓子 
松江の支店のほうが有名みたいだけど、本店は米子ですよ。
JRの駅の近くで買えたらいいのに、と、いつも思います。

ふろしきまんじゅう 

かにずし
米子と言えばこれ、説明の必要はないでしょう。

長田茶店
東京にも支店がありますよ。 

梨 
毎年、親せきや親しい人、お世話になった人などに贈るのが、米子人の年中行事です。

ヨナゴビール
私はゲコだからわからないけど、ビール好きはすごくほめます。




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